2017/05/03 22:20

心の民俗学 辻説法 第十二話 「端午の節句」
土手の桜もアット申すまに青葉に変わり、ブログもチョッと怠けたら早五月、再びブログ辻説法書いて見る気に成る、五月五日は子供の日成れど最近は青空に泳ぐ鯉の姿を見る光景が少なく成った、「鯉」の意味合いを知らなく成ったのだろうか? この事も出来れば後日辻説法して見たい。
先ず「端午の節句」の辻説法して見たい、民俗学的に申すと、「端」は物事の「はし」を意味して、事の始まりをも意味します、古くは四月を季節の区切りと成して、五月が気候の変化期と定められ、昼夜の温暖が激しく体調を崩しし易い為「毒月」とさえ申されて居ました、
現在でも「五月病」と言われ、本来「新入学」の子供たちが勉強、友達関係になじめず、連休が明けると学校に行ずらい現象が一部乍子供達に現れました,今では若い新入社員に多く見られ、連休明けに「眠れない、起きれない, 食欲がなぃ、やる気がしない」そんな現象が有ると言われます、親は心配して私も良く相談を受け賜わります、
辻説法は(端午)に戻しましょう,「端午」の午は干支を指して「うまの日」と成ります、つまり「月の始まりの午の日」で、定まって居ず、
今年で申せば「五月七日」都成ります、鎌倉時代に幕府は「諸大名、畑本衆」の「初登城」の日と定めて居たのが、男子出産で「五月五日」
を「祝い登城日」と成った様です、又平安時代に「公家衆」がゴロ合わせを好む風習が有り、季節の節句日も一月七日「七草節句」を除き
三月三日「桃の節句」七月七日「七游7節句」九月九日「重陽の節句」の一年の五節句が定められて居ます、古い神祭りの文献に寄りますと
並び日は「神の力が働く日」とも云われ「村祭りや祭礼行事は」地域的にも並び日がや多いとの事です。